FC2ブログ

大阪ローカル話 新町の桜と天満の青物市場
《森 光年》
大阪のセントラルパークこと靱公園(うつぼ公園と読みます。魚市場→占領軍の飛行場→公園と数奇な運命をたどった場所です)の近くに、フランスの人がショコラティエを開業しようとしているらしいという噂を聞きおよんでおりまして。

そのお店『Les Petites Papillotes』がつい先日、ついにオープンしたそうです。さっそく明日(日付のうえでは今日)にでも行ってきます。
「フランス人」「ショコラティエ」と聞いて黙っておられようか! イートインでショコラショ(チョコレートドリンクのことです。フランス語はいちいちおしゃれで腹立たしい)も飲めるそうですよ!


そんなわけで森光年なんですが、例年この季節になると大阪西区は新町にある『餅匠しづく』(旧店名は日月餅という素敵なものだったのに、気がつけばこの名前に)で桜餅を買い、すぐ近くの新町北公園で桜を眺めながら食べるのが習慣のようになっておりまして。
ところが少し前のこと、私がそうして毎年桜餅を食べている一帯が江戸時代~戦前にかけて桜の名所であったことをなにかの雑誌で読んでびっくり。

詳しくはこちらのサイト様を参照していただきたいのですが、大阪の新町界隈がまだ遊郭だった江戸時代後期、来客数の低迷を打破すべく一帯に桜を植樹して客寄せにしたんですね。
新町が遊郭だったのは知っていましたが、まさか浮世絵にも描かれた桜の名所だったとは。そしてそんなこととはつゆとも知らず毎年そこで桜を見ながら桜餅を食べていたとは。なんとも感慨深い。


そういえば、ときどきお邪魔している大阪は天満の外れの雰囲気がよくコーヒーの美味しいカフェ『喫茶 星霜』の前に閑静で気持ちのいい南天満公園という川沿いの公園があるんですが、じつはその場所、『千両蜜柑』という有名な落語(の上方バージョン)に登場する「天満の青物市場」の跡地だったと知って驚愕したことがあります。

とある呉服屋の若旦那がみかん食べたさのあまり床に伏し、番頭がみかんを求めて駆けずり回るのだけれどあいにく季節は盛夏。やっとのことで天満の青物市場で蔵に保存されていたみかんを見つけ出すのだが……というのがこの落語の筋書きでして。
フィクションとはいえ、どこに行っても見つからなかった季節外れのみかんが見つかるとされているわけですから、当時どれほど天満の青物市場が大規模であったかがうかがえます。

大阪の中心地である御堂筋沿線から東に大きく外れたその公園ですが、あらためて地図を眺めてみるとなるほど大川を挟んで大阪城のすぐ北西に位置しています。
江戸時代当時は御堂筋沿線よりこちらのほうが大阪の中心地として栄えていたのでしょうね。

現在では人通りもきわめて少なく、おだやかな静けさに包まれているその界隈。
今や閑静な川沿いの公園となっているその場所に、かつては水運を利して運ばれてきた全国各地の青果がさかんに荷揚げされていたのだなと思うと感無量です。


近畿地方で歴史ある都市というとなんといっても京都の存在が大きすぎて他がかすんでしまいがちですが、大阪も長い歴史の年輪を刻んできた土地であるわけで。
いつまでもグリコの看板だお好み焼きだソースの二度付け禁止だとステロタイプな大阪像を誇示していないで、歴史都市としての側面をもっとアピールしていくべきではないかと心底思いますね。
 

雑記 | 2012/04/14(土) 00:57 | コメント(0) | トラックバック(0)
<< 日々雑感      ダークシティ挿入歌「Sway」 >>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://dakyouclub.blog89.fc2.com/tb.php/715-5c72fa1d
| 最初のページ |